カーテン ポワロ最後の事件 / 名探偵ポワロ #70(デビット・スーシェ主演) Curtain: Poirot's Last Case / Agatha Christie's Poirot #70
2013年 海外ドラマ 5ツ星 探偵 推理 @アガサ・クリスティ名探偵は愛せたのか?
イントロ
ヘイスティングスは旧友ポワロの呼び出しを受け、スタイルズ荘にやってきた。スタイルズ荘は老夫婦が経営するホテルになっていた。ポワロは耄碌して、歩けなくなっていた。自分を呼んだ理由を尋ねるとポワロは言った。「スタイルズ荘に殺人鬼がいる。自分の代わりに情報収集してほしい。ヘイスティングスは思ってることが顔に出るから、殺人鬼の名は明かせない」と。
※スタイルズ荘に殺人鬼がいる。
ポワロが調査した5つの事件
- 事件A:エザリントン ... 下劣なレナード・エザリントンは妻に毒殺された。妻は無罪となるが、のちに自殺。
- 事件B:ミス・シャープルズ ... 肢体不自由な老婆ミス・シャープルズが姪に毒殺された。姪は殺意を認めたが、証拠不十分で起訴されず。
- 事件C:エドワード・リッグス ... 農夫エドワードが妻の不貞を疑い、下宿人を射殺。エドワードは記憶があいまいと証言。終身刑に。
- 事件D:デレク・ブラッドリー ... 若い女性と浮気して、妻に毒殺された。妻は絞首刑に。
- 事件E:マシュウ・リッチフィールド ... 4姉妹に暴力をふるっていた父親が、長女マーガレットによって撲殺された。マーガレットは精神病院に収容されるが、まもなく死亡。(ドラマでは絞首刑)
ポワロは5つの事件現場にいた人物が、殺人鬼Xと推理。Xはエザリントンと親しく、リッグスと同じ村に住んだことがあり、ブラッドリーと知り合いで、フレダ・グレイといっしょに歩いた写真があり、リッチフィールド邸の近くにいた。Xはいま、スタイルズ荘にいる。新たな殺人事件を起こすだろう。犯人への警告は成功した試しがない。動機がわからないから、ターゲットを特定できない。犯行現場を押さえるしかない。
登場人物
肖像 | 説明 |
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エルキュール・ポアロ (Hercule Poirot)老いた私立探偵。殺人鬼Xがスタイルズ荘にいて、殺人事件を起こすと予言する。 |
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アーサー・ヘイスティングズ大尉 (Captain Arthur Hastings)ポアロの友人。妻を喪ったばかり。ポワロの耳目となって情報収集するはずが、娘ジュディスが気になってしまう。ノートンの影響でアラートンに殺意を抱く。 |
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ジュディス・ヘイスティングズ (Judith Hastings)21歳。ヘイスティングズの娘。フランクリン博士の助手。自立心が強く、父親と衝突してばかり。アラートンといちゃついている。フランクリンを慕い、迷惑を掛けるバーバラを嫌っている。事件Bに強く共感し、殺人を肯定する発言を繰り返す。 |
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ジョン・フランクリン (Dr John Franklin)35歳。博士。不器用な男で、研究しか考えてない。アフリカに行きたかったが、妻のため断念している。 |
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バーバラ・フランクリン (Barbara Franklin)30歳。病弱を装う高慢な妻。社交界の華だったが、ジョンとの結婚で退屈している。キャリントン卿に色目を使う。夫の事故死を心配し、陽気に振る舞ったあと、服毒自殺する。夫フランクリンの死を望んでいる。 |
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スティーヴン・ノートン (Stephen Norton)小男。どもりがちだが、話し上手。ポワロと話したあと拳銃自殺する。 |
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ウィリアム・ボイド・キャリントン (Sir William Boyd Carrington)50歳?。準男爵。妻を失くしている。バーバラの幼馴染み。ヘイスティングスにとって「好感がもてる人物」。クレイブン看護婦にチョッカイ出している。 |
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アラートン (Major Allerton)40代前半。女たらし。睡眠薬を処方箋無しで入手できる。ヘイスティングスにとって「気に入らない人物」。事件Aの関係者。妻がいる。 |
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ジョージ・ラトレル (Colonel Toby Luttrell)50歳。今のスタイルズ荘の持ち主。優柔不断。癇癪を起こした直後、妻を狙撃してしまう。(狙撃後、デイジーと和解する。) |
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デイジー・ラトレル (Mrs Daisy Luttrell)ジョージの妻。夫に対し高圧的。 |
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エリザベス・コール (Elizabeth Cole)35歳。ノートンを慕う女性。父の遺産で裕福だが、陰鬱になっている。事件Eの関係者。姉の犯行に納得できずにいる。ポワロが気にかけている。 |
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クレイヴン (Nurse Craven)バーバラの看護婦。バーバラを嫌悪している。原作では美女。事件Bの関係者。キャリントン卿に言い寄られていたが、アラートンを好いていた。 |
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カーティス (Curtiss)ポアロの従僕。身体は強いが、あまり賢くない。不気味に見えるが、事件に関係ない。 |
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ジョージ (Georges)ポアロの有能な執事。父親を看病するため、ポワロのもとを離れている。実際はポワロに解雇されていた。 |
出来事
1. ジョージが妻デイジーを猟銃で誤射
さいわいデイジーが死ななかったため事件にはならなかった。誤射の直前、ジョージはデイジーの態度に強く憤慨しており、制裁として射った可能性がある。
ジョージが発砲時、別所からデイジーを撃った人間がいるかもしれない。その場合、同室にいたキャリントン卿、ノートンは容疑者から除外される。ポワロは殺人鬼が動き出したことを察する。
2. ヘイスティングスがアラートンを毒殺未遂
アラートンはヘイスティングスにとって「気に入らない人物」だが、ジュディスは魅了されている。またアラートンは殺人鬼Xである可能性が高い。焦燥に駆られたヘイスティングスはアラートンを毒殺しようとするが、ポワロによって止められた。ヘイスティングスは冷静さを取り戻し、反省する。
3. バーバラが服毒自殺
フランクリンが抽出したアルカロイドによって妻バーバラが死んだ。法廷でポワロは、(明らかに事実と異なる)鬱病による自殺と証言。そのとおり処理された。
ポワロは自分がウソを証言したこと、バーバラは殺されたことを告げる。
4. ノートンが拳銃自殺
ポワロと面会後、ノートンが自殺した。部屋には鍵がかかっており、拳銃もノートンの持ち物。ヘイスティングスはノートンが自室に戻るところを目撃している。しかし額を撃ち抜く自殺は考えにくい。
5. ポワロが自然死
ポワロは「一件落着した」と言い、事件の手がかりは鍵をかけたケースに入っていると伝える。ヘイスティングスは真相を伏せる理由がわからない。ポワロは、ノートンは自殺ではなく他殺と断言する。しかし真相を語らないまま発作を起こして死亡した。
6. ヘイスティングスの調査
ケースにはオセロの本と「ジョージに会え」という指示が入っていた。しかしジョージはなにも知らない。
ポワロの死から4ヶ月後、弁護士からヘイスティングスにポワロの手紙が届けられた。
ポワロの思考
ポワロは5つの殺人事件にノートンが関与していることを突き止めた。ノートンは手をくださず、言葉巧みに殺意を刺激する「心理的殺人教唆」であった。法律で裁けない。放置すると多くの犠牲者が出る。
銃の暴発などで公然と殺せば、ポワロの名声も傷つかない。しかしポワロは「フェアな方法で」処刑すると決めた。探偵役としてヘイスティングスを招き、推理に必要な手がかりを与えた。
実行を躊躇していると、ヘイスティングスもノートンの影響を受けてしまう。ここに至りポワロも覚悟を決め、ノートンを自室に呼び出した。
- ポワロは「一件落着した」と言った。殺人鬼は逮捕されていないのだから、死んだことになる。その後、ノートンの死体が発見された。一件落着と言えたのは、ポワロが殺したから。
- ポワロはカーティスを雇うため、ジョージを解雇した。なにかを伏せるため。
- 主治医に問い合わせれば、ポワロは歩行可能とわかる。
- 「オセロ」には心理的殺人教唆を為したイアーゴが登場する。
- ノートンより背が低いのはポワロだけ。
- ノートンの部屋の合鍵を作れるのはポワロだけ。
- 額を撃ち抜くほどシンメトリにこだわるのはポワロだけ。
オセロ(シェイクスピア)
- ヴェニスの軍人オセロは、妻デズデモーナを愛していた。
- オセロを嫌っているイアーゴは、デズデモーナが浮気をしていると吹聴。偽の証拠品で信じ込ませる。
- 嫉妬妄想に駆られたオセロは、デズデモーナを殺害。
- イアーゴの奸計と知ったオセロは絶望し、自殺した。
- 「嫉妬は緑目の怪物なり」
※「オセロ」がヒント
ノートンの思考
ノートンは自分の言葉で殺人が行われることに快感をおぼえる殺人鬼。スタイルズ荘の人間関係を見抜き、殺人事件を起こそうと暗躍した。
- ジュディスに(ジョンの研究を阻害する)バーバラを殺させようとした。
- ヘイスティングスに(ジュディスを不幸にする)アラートンを殺させようとした。
- バーバラに(キャリントン卿との交際の邪魔になる)ジョンを殺させようとした。
- バーバラの自殺は望んだ結果ではないため、ふたたびヘイスティングスの殺意を煽る。
- ポワロが自分を処刑すると聞いて、歓喜する。ポワロに自分を殺すことを期待して、成功した。
初見時の感想
最後の謎解きで、もろもろ納得。晩餐会のギスギスした雰囲気は、イギリス社会特有のものと思っていたが、心理的殺人教唆だったとは。完全犯罪。これは恐ろしい殺人鬼だ。
勝者はだれか?
ノートンはポワロに「処刑する」と宣言されたが、余裕しゃくしゃく。発作を起こしたポワロから薬を取り上げるものの、最後は助けた。ノートンは直接手をくださない殺人鬼だが、ポワロを生かしておいていいことはない。
※ポワロの死を望んでいない。
ノートンは「ポワロに殺人をやらせる」ことに興奮したようだ。
射殺される寸前に目覚めたノートンは、驚いたり抵抗するのではなく、笑顔を見せた。ポワロを破滅させた。勝利の笑みだ。
それでもポワロは引き金を引いた。
※笑みを浮かべるノートン
自分の行為を正当化しうるのかどうか、私にはわかりません。
人には法をねじ曲げる権限はない。
裁きを下すのは、神、ただお一人です。ああ、ヘイスティングス。
最愛なる友よ。あなたと過ごした時間は本当に楽しかった。
ええ、最高の日々でした。
──エルキュール・ポワロAh, Hastings, my dear friend, they were good days.
Yes, they have been good days.
--Hercule Poirot
最後をつづる言葉は「good days」。弁解や悔悟ではなかった。
手紙を書いたあと、発作を起こしたポワロは薬よりロザリオを取った。中盤では薬→ロザリオだったから、心境の変化がある。
※ポワロは薬よりロザリオを取った
しっかりしろヘイスティングス
ポワロに危険を予言され、じっさいに殺人事件があったのに、ヘイスティングスは脳細胞を使った形跡がない。ポワロが亡くなって、ジョージに話を聞いても、なにもしていない。
原作のヘイスティングスはいろんな可能性を考えた。ドラマは削りすぎてる。
ポワロ:あなたの頭はカラですか?
ヘ:これは手厳しい。
ポ:飲み物を。
ヘ:けっこうです。
ポ:私に!
ヘ:これは失礼。
ポワロ:モナミ、あなたまるで幼子のようだ。純情で、すぐだまされる。
ヘ:あなたはかなり弱っている。やはり医者を呼びましょう。
ポ:呼んでどうなります? 気休めにすぎない。ポ:私はベストを尽くしてきた。そうは思いませんか?
ヘ:もちろんですよ!
ポ:神の赦しを得られるか。
ヘ:赦すもなにも、あなたは素晴らしい人だ。最高の男ですよ。
ポ:あなたを残して... 逝きたくはありませんでした。
ヘ:ポワロさん。
ポ:おゆきなさい。寝ます。ポ:自殺ではありません。殺人です。
初見時は、尊大なポワロを腹立たしく思ったが、ポワロの視点を踏まえると意味が変わる。「尊大なポワロ、純朴なヘイスティングス」の関係性こそが、素晴らしい日々だったのだ。
しかしポワロはヘイスティングスを侮っていたわけではない。だから手がかりを残した。もし解けるなら──ポワロを疑うことができたなら──ヘイスティングスは探偵になれる。
ヘイスティングスはなにもわからず、なにもできなかった。ならばポワロのあとを継ごうとか考えなくていい。ただ幸福を追うべき。ジョンとジュディスのように。
ポワロは「鍵穴をのぞいてでも」と言ったけど、ヘイスティングスはできなかった。ポワロはできた。ノートンもできた。ヘイスティングスは、やらなくていい。
もしポワロが単独でノートンと刺し違えていたら? ヘイスティングスは大きなショックを受けただろう。探偵の真似事をして、人生を浪費するかもしれない。
なぜヘイスティングスを呼び寄せたのか?
フェアなゲームにするため。
ヘイスティングスに引導を渡してやるため。
親友に自分の葛藤を知ってもらうため。
ぼんくらパートナーにたよることで、ノートンを油断させる。
そしてなにより、最後の最後に、「素晴らしい日々」を満喫したかったのだろう。
気になること
優れた演出がある反面、気になるところも多い。繰り返しになるが、登場人物が多すぎる。名前だけで、職業やスタイルズ荘に滞在する理由がわからないから、人物像がよく見えない。半分くらい削っていい。
反応もちぐはぐ。ラトレル夫妻は誤射事件のあと、なんの弁解も追求もせず、晩餐会で殺人の話を楽しんでいる。あきれた神経だ。フランクリン博士は妻の死後、ヘイスティングスにアフリカへ行くことを告げるが、ジュディスのことは言わなかった。義父となる相手に、その態度はどうなのさ。大人として!
ポワロもヘイスティングスを娘さんと和解させるため招いたとか言ってたのに、なんもしなかった。ジュディスよりエリザベスを気にかけている。そしてジュディスは最初から最後まで反抗的で、なんの成長もない。ドラマが雑ぅ。
さらに考察
ドラマ冒頭と最後にかかるピアノ曲はショパン「前奏曲 作品28の15 雨だれ」。作品全体を沈鬱な空気にひたしている。『五匹の子豚』のジムノペティを連想したが、同じ脚本家だった。
※ピアノをひくエリザベス
Kevin Elyot (1951-2014)は『五匹の子豚』(2003)製作時に『カーテン』の脚本を依頼されたという。制作サイドが『カーテン』にかける意気込みがしのばれる。同じく Kevin Elyot が手掛けた『ナイルに死す』(2004)で、ポワロの人生に愛はなかったと述べている。
つまり、愛を知らぬ探偵が、愛ある殺人者たちを断頭台に送ってきたのだ。
シリーズ初期は「結婚なんてごめん」と拒んでいたが、『第三の女』では若いカップルの幸福に落涙し、『ヘラクレスの難業』では心の恋人ロサコフ伯爵夫人と決別した。結婚より仕事を為したと言いたいが、『オリエント急行の殺人』で信念も揺らいだ。老いて死にゆく探偵に、なにがあるというのか?
手を汚さず、ノートンを排除する方法もあっただろう。
殺すにしても、なぜヘイスティングスは巻き込み、フェアなゲームに見立てたのか?
ポワロは、愛ある殺人者になりたかったのではないか?
ポワロはノートンに言っている。
ポ:きみには同情する。
この美しき世界を穢す役目を、きみは負わされた。
ポワロは特定の人物ではなく、この世界を愛した。自分の死後も、ヘイスティングスやジュディス、エリザベスが幸せに暮らせることを願った。
自分はノートンを処刑するかもしれない。
ポワロは周到に準備するが、迷っていた。結局、ヘイスティングスがノートンに幻惑されたことで、覚悟が決まった。法廷でウソをつくことも遠慮しない。成し遂げるだけ。
※覚悟を決める名探偵
ポワロはロザリオを手に息絶えた。『オリエント急行の殺人』のときは弱々しかったが、『カーテン』はちがう。あの世へ行く準備ができたのだ。自分が殺した殺人者たちが待っているところへ、堂々と行ける。そんなふうに見えた。
妄想を楽しむ
上述したような考えを、クリスティやドラマ制作者がもっていたとは思えないが、それでもいい。私がそう感じたのだから。
アガサ・クリスティ | |
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ポワロ | |
デビット・スーシェ (David Suchet) | |
ピーター・ユスティノフ (Peter Ustinov) | |
声:里見浩太朗
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ミス・マープル | |
マーガレット・ラザフォード | |
アンジェラ・ランズベリー | |
ヘレン・ヘイズ | |
ジョーン・ヒクソン | |
ジェラルディン・マクイーワン | |
ジュリア・マッケンジー | |
声:八千草薫
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ゆっくり文庫 | |
奥さまは名探偵 | |
ほか | |
検察側の証人 | |
そして誰もいなくなった | |
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